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戦争はなくならないのか ~不完全な人類の行く末~

こんにちわ、かわうそです。

 

今回はまじめなお話。

 

「戦争はなくならないのか」

 

[su_box title=”この記事を読んでほしい人” style=”glass” box_color=”#1e75d9″]・戦争がなぜなくならないのか不思議に思っている人
・憎しみを消したい人
・人類の未来に興味を持っている人
[/su_box]

 

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タモリさんが語った戦争がなくならない理由

ことの発端は、賛否両論、いろいろ盛り上がっているキングコング西野亮廣氏が書いた本

 

「魔法のコンパス」に出てくるタモリさんのコメントです。

 

 

戦争が無くならない理由はなんだと思う?

それはな、人間の中に『好き』と言う感情があるからだ。そんなものがあるから、好きな物を他人から奪ってしまう。また、好きな物を奪った奴を憎んでしまう。ホラ、自分の恋人をレイプした奴を『殺したい』と思うだろ?

でも、恋人のことを好きじゃなかったら、攻撃に転じることはない。残念だけど、人間の中に『好き』と言う感情がある以上、この連鎖は止められないんだよ。

『LOVE&PEACE』という言葉があるけど、LOVEさえなければ、PEACEなんだよ。その生き方は、かぎりなく動物や植物の世界に近いな。ただ、『好き』がない世界というのも、ツマラナイだろう? 難しい問題だよ、これは。どうしたもんかね?

引用元:魔法のコンパス 2018年12月29日引用

 

戦争はなくならない。

 

なぜなら、人に「好き」という感情がある限り、嫉妬や独占欲、そして失うことへの恐れが生まれ

それが相手への憎しみに変わるからというタモリさんの持論です。

 

私も「好き」という感情が、「憎しみ」という感情を生み出すことに全面的に賛成します。

 

自分の親や子供を理不尽に奪われたとき、奪われた相手を憎まないなんてどうやってもできそうにありません。

 

でも、ひとつだけ、そんな感情をコントロールしてしまうというヒントがあります。

 

映画スター・ウォーズで語られる「ジェダイ」たちが守る「掟」です。

 

争いを回避する「ジェダイの掟」

ジェダイの掟

旧共和国末期にはかなり厳格な掟が定められていた。
結婚および恋愛の禁止、物の所有の禁止などである。
これは特定のものへの愛=執着はそれを失った際に大きな悲しみとなり、暗黒面に通じるという考えからきたものである。

引用元:ピクシブ百科事典「ジェダイ」2018年12月29日引用

 

「ジェダイの掟」はタモリさんが言っている、「愛」の執着を断ち切るものです。

 

これはキリスト教の「右のほほを叩かれたら左のほほも差し出せ」という教えにも通じる。

 

汝の敵を愛せと説くキリスト教

「右の頬を殴られたら左の頬を差し出せ」とは

「右の頬を殴られたら左の頬を差し出せ」――これは新約聖書内『マタイによる福音書』第5章に登場する、有名なイエスの言葉である。同じく新約聖書内『ルカによる福音書』に登場する「汝の敵を愛せ」という言葉同様、敵を許し仕返しをするな、という教えに相違ない。

引用元:知的好奇心の扉TOCANA「キリスト教「右の頬を殴られたら左の頬を差し出せ」の真意とは!? ~ハーバード大の講義でわかった意外な解釈~」 2018年12月29日引用

 

「汝の敵を愛せ」とはまさに「ジェダイの掟」と同じ、”執着をしない”ということに通じると思っています。

 

残念ながら、その「掟」があるにも関わらず「スター・ウォーズ」は戦争の物語であり、

キリスト教の世界でも争いはなくなっていませんね。

 

先に書いた通り、あなたの愛するものを理不尽に奪われた悲しみ、憎しみ、怒りをなかったことにはできないでしょう。

 

キリスト教は、「それでも敵を愛しなさい」と教え、

「ジェダイの掟」はそうならないよう、愛することすら放棄しています。

 

それでも争いはなくならない。

人類は不完全な生き物!?

 

私は思います。

 

人類はまだ不完全なのではと。

 

某アニメの「人類補完計画」ではありませんが、人類はまだ発達途中なんじゃないでしょうか。

 

人類が登場して、まだ1万年あまり。

 

地球の歴史からすれば、数秒にも満たないわけです。

 

宇宙からすれば、まだ一瞬ですらありません。

 

宇宙の歴史がはじまったばかりなのか、終わりかけなのかは誰にもわからない。

 

それでも、まだ1億年くらいは続くといえるでしょう。

 

だとすると、1万年というのは1億年の1万分の1。

 

未発達だとしてもあながち間違っているとはいえないと思います。

 

完全な人類のかたち

 

では、「完全な人類のかたち」とは何でしょうか。

 

私が考える「完全な人類のかたち」とは、人類がひとつの生命体として機能することです。

 

つまり、知識や考えを人類同士でいつもいつでも共有しているという状況です。

 

わかりやすく言えば、自分の考えと他人の考えを常に共有しているということ。

 

自分の考えも他人の考えも常にオープン。

 

そんなのありえない!自分の考えも他人の考えも全部オープン!?

 

と考えるのは、それができていないからだと思うんです。

 

それが当たり前になれば、違和感もないような気がします。

 

テレパスとは少し違う、常に共有されているという感覚。

 

これで、人類は【孤独】や【誤解】から解放され、相手を憎しむという行為も無意味になると考えます。

 

人類が完全体になる日はやってくるのでしょうか。

不完全な人類
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