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聲の意味、映画『聲の形』が伝えたい『いじめ』について、賛否両論のストーリーを考察

 映画「聲の形」は2011年大今良時原作『別冊少年マガジン』で掲載され、その後2013年に『週刊少年マガジン』でリメイクされた漫画を原作とした2016年公開、山田尚子監督による長編アニメーション映画です。 

 主人公の石田将也と先天性の聴覚障害を持つ西宮硝子を中心にした、人と人とのつながりやディスコミニケーションを描いた作品で、映画のキャッチコピーは『君に生きるのを手伝ってほしい』です。 

  

 この作品に使われた『』という言葉の持つ意味から、賛否両論あるこの作品のストーリーを考察していきたいと思います。 

  

 


聲の意味とは 

聲の形

 

』は『声』の旧字体です。 

』の訓読みは「こえ、こわ」で、音読みは「しょう、せい」です。 耳と石でできた打楽器「殸」を打って音を鳴らす意味の会意文字です。 

原作者の大今良時氏は『聲』という漢字を使った理由として、この物語がディスコミュニケーションの物語であり、氏が『聲』という漢字が「声と手と耳」が組み合わさってできているという説があることを知ったためであることと、「気持ちを伝える方法は声だけじゃない」という意味を込めたといわれています。 

 

映画「聲の形」のあらすじ 


主人公である石田将也が自殺しようとしたところからはじまります。 

理由はいじめ。 

そしてそのいじめを受けている理由は、小学6年生の頃、転校してきた先天性の聴覚障害を持つ女の子「西宮硝子」をいじめたからでした。 

 転校生だった硝子は筆談ノートでクラスメイトとコミュニケーションをはかろうとしますが、将也たちはそれを受け入れられずいじめるようになってしまうのです。 

硝子の補聴器が頻繁に紛失、故障したことを母親がついに学校に訴え、担任が将也を名指しで非難。 

そのことをきっかけに、逆に将也はクラスからいじめを受ける対象となってしまったのでした。 

将也は中学生になっても、仲良くしていた友達に裏切られるように孤立し、「自分がしたことは自分に跳ね返る。自分は罪を背負い、罰を受ける必要のある人間である。」と思い込み、心を閉ざします。 

それでも偶然、校外の手話クラブで硝子を見かけた将也は、、、 

 

「聲の形」が伝えたいこととは 

聲の形が伝えたいこと

子供は残酷です。 

それはそうでしょう。 

小学生というまだ精神的に未熟な状態で、日本のように画一を求められてきた社会の縮図である学校で、「聴覚障害」という自分たちとは異なる状況を簡単に受け入れられるものではないと思います。 

それでも「自分がしたことは自分に返ってくる」という、恐ろしい事実はこの物語の根底にあります。 

それでいて、そこからどうやって関係を再生していくのか。 

それぞれの子供たちが、自分の殻から一歩、外に踏み出せるのか。 

そして過去の自分と向き合って、他人と真正面から向き合うことができるのか。 

  

硝子は「障害」という、大きなハンデを背負いながらも、どうしたら社会をうまく乗り切っていけるのか。 

いじめっこの贖罪の物語? 

  いじめっこの贖罪

聲の形』は間違いなく「いじめ」をテーマにした物語です。 

「いじめ」が起こるメカニズム。 

いじめっこといじめられっこの心情。 

そこに関係する人たちの怖れや不安。 

自分を直視できない子供たち。

 

いじめっこである将也が一転して「いじめられっこ」になり、自殺未遂を起こすまで追いつめられる。 

一見、いじめられっこが自分の犯した罪を償い、関係を再生していく物語のようにも見えますが、いじめの構図はそんな簡単にはいかないでしょう。 

 単なる贖罪という物語ではなく、「いじめ」によって浮き彫りになった自分たちをどのように直視し現実と向き合っていくか。

 いまの現代には心を開いて話をする「本当のコミュニケーション」が必要だということがこの物語の核心だと思います。

なぜ賛否両論のストーリーなのか

  賛否両論

この映画は、文部科学省が啓発を目的としたタイアップを行うなど、国内外でも非常に高い評価を得ています。 

毎日新聞の学芸部長・勝田友巳は 

「アニメならではの誇張と省略で、硝子に親切だった級友の変化や、将也の転落を鮮烈に表現」「どの登場人物も完璧ではないし、必ずしも好ましいわけではない。障害者を特別扱いもしなければ、感動の押し売りもない。高校生を取り巻く現実と本音を、赤裸々に描写している。」 

と評しています。 

 

一方で、「障がい者との恋愛ドラマ」だとか「いじめっこはゆるされるのか」、「いじめられっこがいじめっこに恋心を抱くなんてご都合主義すぎる」といった批判も散見されます。 

 

障がい者を扱う物語に社会は非常にセンシティブです。 

 

作者が物語をどのように描こうが自由ですし、受け手がどのように受け取るかも自由です。 

 

特に「障がい者」や「いじめられっこ」の当事者たちには心がざわざわするところもあるかもしれません。 

 
 

そう、問題提起をする物語というのが、『聲の形』の真の姿なのではないでしょうか。 

 

”ヒール”役 竹内先生によって浮き彫りになるもう一つの問題

ヒール役竹内先生
 

この物語で、多くの人が”ゆるせない”といっているのは、小学校時代の彼らの担任の先生「竹内先生」です。 

この先生は西宮硝子を受け入れるも、その扱いに困り、ほかの生徒と同じように接してしまうがゆえに、ほかの生徒の負担を増やしたことがいじめのきっかけだったともいえるからです。 

国語の朗読を聴覚障がい者である硝子にやらせ、うまく読めない彼女をそのままスルーします。 

きわめつけは、補聴器を壊した犯人を将也だときめつけ、クラスみんなの前で完全な悪者だと名指ししたことでしょう。 

 
 

では、どうすればよかったのか。 

 

私が担任だったらどうしたか。  
 

障がい者を障がい者だからといって特別扱いするべきではないとも言われます。 

一方で、センシティブな小学生の中で彼らにどこまで負担を強いるべきだったか。 

 
 

私は教職免許を持っていないので、障がい者がいたときの対応の仕方について、どのような研修を受けているのかわかりません。 

 
 

もしかしたら、先生が対応を誤ったのかもしれません。 

 
 

しかし、いまの先生にそこまで対応を求めることも現実的には難しいとも感じます。 

 
 

竹内先生の描写はこの物語のテーマと少し離れてしまうために深く描かれていない、もうひとつの重たい問題「小学校の教師問題」が複雑に絡み合っていることを示唆しています。 

 

まとめ 

■『聲』の意味とは

『聲』の漢字が「声と手と耳」が組み合わさってできているという説があることを知ったためであることと、「気持ちを伝える方法は声だけじゃない」という原作者の思い

■映画「聲の形」のあらすじ

「聴覚障がい者」である硝子をいじめる将也が、一転して「いじめられっこ」になったとき、自分・他人と向き合って生きていく子供たちの物語

■「聲の形」が伝えたいこととは

・「いじめっこ」「いじめられっこ」関係をどう清算しどう再生していくのか。 

・それぞれの子供たちが、自分の殻から一歩、外に踏み出せるのか。 

・そして過去の自分と向き合って、他人と真正面から向き合うことができるのか。 

・硝子は「障害」という、大きなハンデを背負いながらも、どうしたら社会をうまく乗り切っていけるのか。 

■いじめっこの贖罪の物語?

 伝えたいのは現代には心を開いて話をする「本当のコミュニケーション」が必要ということ

■なぜ賛否両論のストーリーなのか

 作りての発信は自由。受け止め方も自由。賛否両論であるからこそ社会的な意義のある作品となった。

■”ヒール”役 竹内先生によって浮き彫りになるもう一つの問題

 この物語にはもうひとつの重たい問題「小学校の教師問題」を浮き上がらせ、複雑に絡み合う。



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