今回は人工臓器の可能性について伝えるBBCの記事を紹介します。
出典元:BBC.com Lab-grown oesophagus implanted in mice 2018/10/16記事(2018/10/18引用)
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研究室で培養された人工食道のマウスへの移植に成功
2018年10月16日、イギリス・ロンドンの研究者チームは「研究室で培養された人工食道のマウスへの移植に成功」と発表しました。
科学情報誌「ネイチャーコミュニケーション」に掲載された発表によれば、グレート・オーモンド・ストリート・ホスピタル(Gosh)とフランシス・クリック・インスティテュートの科学者によって実現されました。
研究チームはこの研究が生まれながら食道に欠陥をもった子供たちへの希望となるだろうと語っています。
食道はとても複雑で、幾重の層となった、様々な組織によって形作られ、それにより固形物と液体を口から胃へ運んでいます。
研究チームはコラーゲンスキャフォールドから細胞を剥がし取って作られたラットの食道を利用したと発表しています。
スキャフォールド
足場(スキャフォールド).細胞の接着,増殖,分化を制御するための細胞培養基材および体内での再生誘導のための細胞の周辺環境.注射可能な足場や細胞機能の活性化足場によって,体内環境に近い人工細胞ニッチができれば,再生誘導治療だけではなく,幹細胞研究にも適用可能である.
研究チームはマウスとヒトから早期段階の筋肉と結合細胞を採取し、臓器の生育を行ったとしています。
異なる種からの幹細胞の使用により、成長した細胞から初期の段階での細胞タイプの区別を行うことができたのです。
2cmの食道がマウスの腹部へ移植されました。
共同発表者であり、グループリーダーであるパオロ・ボンファンティ博士はこう述べています。「我々は、我々が設計した食道器官が構造上も機能上も健康な食道を構成し、さらに移植から1週間で血管とつながったことに非常に驚いています。」
人工食道は食物を口から胃に移動させるための筋肉の収縮が可能となっていました。
3,000人近くの子供は上部と下部に隙間があったり、胃とつながっていないといった食道の異常が認められます。
共同発表者の一人で幹細胞と再生医療の権威である、パオロ・デ・コッピ教授はこうも述べています。
「これは再生医療にとって大きな一歩だ。この成果は損傷した組織の代替や生態拒否反応がない臓器器官移植といった医療の前進を意味している。」
もちろん、今回の研究成果が実際の医療へ使われるようになるためにはまだ数年かかるでしょうし、より大きな哺乳動物での動物実験が必要となります。
この研究の最終目標は、生態拒否反応リスクを減らすため患者自身の肝細胞を利用し、豚の食道から生体工学によって生成された臓器を作り出すことです。
2歳のハドソン・ワークリン君は生まれながらにして食道の一部をもっていません。
※画像はイメージです。
彼は胃を胸の中で直接喉に接続する手術を受けてきました。
これにより彼の双子の兄弟、ハンクと同じ食べ物を食べることができるようになりましたが、それでもご両親は彼が食べ物を誤って肺に入れてしまわないように気を付けておく必要があります。
母親のニコラは「ハドソンは一度に少ししか食べられないので、食事の回数が多いのです。私たちは彼が窒息しないように、または食べ物が胃酸と一緒に逆流して喉を傷めないか、常に細心の注意を払う必要があります。」
イギリスだけで毎年およそ250名のあかちゃんが同じ症状をもって生まれてきます。
そして、現在の医療ではハドソン君と同じような手術をするしか方法がなく、手術をしても万全なコンディションになるとはいえないのです。
人工臓器移植の分野は2016年、スウェーデンの外科医 パオロ・マッキアリニ容疑者の改ざんによって大きく傷つけられました。
人工気管手術を受けた9名の患者のうち、7名が亡くなり、生き残った2名も臓器提供者からの気管臓器提供を受ける必要があったのです。
それでも研究チームはこういいます「このスキャンダルのおかげで人工臓器研究分野は前進するためにより注意深くなることができた。」
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再生医療と聞けば「iPS細胞」とノーベル生理学・医学賞を受賞した山中伸弥教授を思い出す方も多いと思います。
臓器に問題を抱えた患者はまだ臓器提供者からの生体移植を行うしか、治癒の方法がないのが現状です。
それも他人の細胞を使うと生態拒絶反応により、死亡する方もいます。
iPS細胞の発見は、そんな医療の現状を大きく変えるとてつもない可能性を見出した人類にとってすばらしい研究といえるでしょう。
しかし、世界では多くの方法で臓器を作り出そうという試みがなされており、今回の記事もその一つというわけです。
実験動物ではありますが、生き物を利用した実証実験で成功を収めたということはこれも非常に大きな一歩といえるでしょう。